夏図鑑「朝顔」

fdb93282812110a7801532d68545b29d_m.jpg小学生のとき、夏休みの宿題のひとつとして「朝顔の観察絵日記」がなかっただろうか。最初は学校で育てていた朝顔を、夏休み直前に、それぞれの家に持ち帰ることになるが、鉢の周囲に立てた柱がじゃまで、歩くのに苦労したという人も少なくないはず。さて、アジア原産の朝顔を日本に持ち込んだのは遣唐使。平安時代には下剤や利尿剤として用いられたが、薬と毒とは表裏一体で、嘔吐や腹痛、下痢や血圧低下をもたらす毒でもあった。鑑賞用として定着したのは江戸時代になってからのことで、七夕の頃に花が咲いた朝顔は「彦星」と「織姫星」が年に一度出会えた事の具現化として縁起の良いものとされた。この事により、夏の風物詩としてそのさわやかな花色が広く好まれ、鉢植えの朝顔が荷車に積載されて売り歩かれるようになり、広く庶民に広まった。明治時代以降も朝顔の人気はおとろえず、東京都台東区で「入谷朝顔市」が誕生し、たいへんなにぎわいをみせた。現在でも例年、七夕の前後3日間に真源寺と周辺の商店街で開催され、下町の夏の風物詩となっている。また、全国に朝顔市が広がり同じ時期に開催されている。